【夫婦別姓】夫婦別姓が日本社会にもたらす影響とは?

日本では結婚すると、夫か妻のどちらかの姓を選んで同じ姓を名乗らなければなりません。この「夫婦同姓制度」は明治時代に法制化され、現在も続いています。しかし近年、「選択的夫婦別姓」つまり希望すれば夫婦がそれぞれの姓を維持できる制度を求める声が高まっています。日本は世界で唯一、法律で夫婦同姓を義務付けている国であり、実際には約95%のケースで女性が姓を変えている現状があります。一方、賛否両論あり、伝統的家族観との兼ね合いも含めた議論が続いています。本記事では18-30代の男性読者に向けて、夫婦別姓をめぐる歴史、法的課題、社会的議論、国際比較、実務的側面など、包括的に解説します。

歴史から見る日本の姓と夫婦同姓制度

意外と新しい?日本の夫婦同姓の歴史

多くの人が「伝統」と考える夫婦同姓制度ですが、実は明治時代以前の日本では、夫婦別姓が一般的でした。江戸時代までは、農民や町民には姓(苗字)の使用自体が許されておらず、武家社会でのみ姓が広く使われていました。そして武家社会では、女性は結婚後も実家の姓を名乗り続ける「夫婦別姓」が通例だったのです。

明治3年(1870年)の太政官布告により平民にも姓の使用が許可され、明治8年(1875年)には姓の使用が義務化されました。さらに明治9年(1876年)3月17日の太政官指令では、妻は「所生ノ氏」(実家の姓)を用いることとされ、夫婦別姓が法的に定められていた時期もあります。

この流れが大きく変わったのは明治31年(1898年)の明治民法制定時です。この時に導入された「家」制度により、夫婦同姓が法的に義務付けられました。これは日本の伝統というよりも、近代国家建設における家族制度の再編の一環としての政策でした。

戦後の民法改正と夫婦同姓の継続

第二次世界大戦後の昭和22年(1947年)、日本国憲法の理念に基づいて民法が改正され、「家」制度は廃止されました。しかし、夫婦同姓制度は維持されたまま今日に至っています。新しい民法第750条では「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定されました。

男女平等の理念に基づき、夫婦のどちらの姓を名乗るかを当事者間の協議で決定できるようになりましたが、現実には、2023年時点で約95%の夫婦が夫の姓を選択している状況が続いています。この数字は、形式的な選択の自由が実質的な男女平等に直結するわけではないことを示しています。

夫婦別姓をめぐる法改正の動き

平成3年(1991年)、法制審議会民法部会が家族の在り方や個人の価値観の多様化を踏まえて婚姻・離婚法制の見直し審議を開始しました。平成8年(1996年)2月、法制審議会は「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申し、選択的夫婦別姓制度の導入を提言しました。

この答申では「婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする」と規定し、選択的夫婦別姓の導入が提言されました。子の姓については、夫婦別姓を選択した場合、婚姻時に子が名乗る姓を夫または妻のいずれかに定めるとされました。

しかし、この答申から30年近くが経過した現在も、選択的夫婦別姓制度は実現していません。平成8年(1996年)の答申以降、選択的夫婦別姓制度導入のための法案が何度も準備されましたが、自民党内の反対などにより国会に提出されなかったり、野党から提出されても審議されないまま廃案になってきました。

夫婦別姓をめぐる法的枠組みと課題

現行民法における夫婦の姓に関する規定

現行の民法第750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定しています。この条文により、婚姻に際して夫婦が同一の氏(姓)を名乗ることが義務付けられており、夫の氏または妻の氏のいずれかを選択しなければなりません。

形式的には男女平等ですが、実際には約95%のケースで女性が改姓するという実態があります。これは、法律自体に男女差別的な規定はないものの、社会的慣習や家制度の名残などの影響により、実質的に多くの女性が婚姻に際して氏を変更することを強いられている状況を示しています。

夫婦別姓に関連する憲法上の議論

夫婦別姓をめぐっては、憲法上の価値との関係で様々な議論が展開されています。

憲法13条(個人の尊重と幸福追求権)との関連:氏名は個人のアイデンティティを形成する重要な要素であり、最高裁判所も「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」と判示しています。この観点から、婚姻に際して氏の変更を強制されることは、憲法13条が保障する個人の尊厳や幸福追求権を侵害するという主張があります。

憲法14条(法の下の平等)との関連:夫婦同姓制度は形式的には性別による差別規定ではないものの、実態として女性が改姓する場合が圧倒的多数であることから、実質的な性差別に当たるとの主張があります。

憲法24条(婚姻の自由と両性の平等)との関連:憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると規定しており、婚姻に夫婦同姓という条件を付すことは婚姻の自由を制限するという主張があります。また、同条2項は「婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と規定しており、夫婦同姓の強制は個人の尊厳と両性の本質的平等に反するとの見解があります。

夫婦別姓に関する最高裁判決

2015年(平成27年)最高裁大法廷判決

2015年12月16日、最高裁判所大法廷は、夫婦同姓制度を定める民法750条が憲法に違反するかどうかについて初めて判断を下し、「合憲」との判断を示しました。判決では以下の点が指摘されました:

  1. 憲法13条との関係:氏の変更による不利益は認められるものの、通称使用が社会に浸透していることなどから、人格権を侵害する程度には至っていないと判断。
  2. 憲法14条との関係:夫の氏を選ぶか妻の氏を選ぶかは当事者間の協議に委ねられており、性別に基づく法的な差別はないと判断。
  3. 憲法24条との関係:夫婦同姓には家族の一体性を示すなどの合理性があり、国会の立法裁量の範囲内であると判断。

この判決では、15人の裁判官のうち5人(女性裁判官3人全員を含む)が「違憲」との反対意見を表明しました。また、判決文中では「夫婦の氏の在り方は国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」との指摘もなされました。

2021年(令和3年)最高裁大法廷決定

2021年6月23日、2度目の最高裁判断では、2015年の判断を踏襲し、民法750条および戸籍法74条1号について「憲法24条に違反しない」との判断を示しました。決定では、女性の有業率の上昇や、選択的夫婦別姓制度の導入に賛成する者の割合の増加といった社会の変化を踏まえても、2015年の判断を変更すべきではないとされました。

この決定でも、15人の裁判官のうち4人が違憲との反対意見を表明しています。また、補足意見においては「法制度の合理性に関わる事情の変化いかんによっては、将来的に違憲と評価されるに至ることもあり得る」との指摘もなされました。

両判決に共通するのは、夫婦同姓制度の合憲性判断と同時に、「制度の在り方は国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」と指摘している点です。これは司法判断として夫婦同姓制度を違憲とまでは言えないものの、選択的夫婦別姓制度の導入は立法府の判断として可能であり、むしろそうした議論を促している姿勢と解釈できます。

第3次夫婦別姓訴訟

2024年3月、「夫婦別姓も選べる社会へ!訴訟」として第3次となる夫婦別姓訴訟が東京・札幌の地方裁判所で提起されました。12人の原告が、夫婦同姓を義務付ける民法の規定は憲法違反だとして訴えを起こしました。

この第3次訴訟では、間接差別や国会の立法義務の懈怠、裁量権の濫用といった新たな法的論点も争点となっており、これまでの訴訟とは異なるアプローチで違憲性を問うていることが特徴です。

夫婦別姓をめぐる社会的議論

世論調査にみる国民の意識

選択的夫婦別姓に対する世論の支持は徐々に高まっています。昭和62年(1987年)の世論調査では賛成が13.0%だったのに対し、平成8年(1996年)には32.5%に増加しました。令和3年(2021年)の内閣府の「家族の法制に関する世論調査」では、夫婦の名字の在り方について:

 ●「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」: 27.0%

 ●「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」: 42.2%

 ●「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」: 28.9%

となっており、合計で71.1%が現状の変更を求めています。さらに、令和6年(2024年)のNHK調査では賛成が62%にまで上昇しています。

年代別・性別の意見の違い

調査結果からは年代や性別による意見の違いも明らかになっています:

  1. 年代による差:若い世代ほど選択的夫婦別姓への賛成率が高い傾向があります。60代以下の世代は70%以上が賛成である一方、70代以上では賛成が48%と世代間格差が見られます。
  2. 性別による差:女性の方が男性よりも賛成率が高い傾向があります(女性は60.3%、男性は49.0%)。女性は結婚時に姓を変更することが多いため、改姓のデメリットをより強く意識している傾向があります。
  3. 18-30代男性の特徴:内閣府の調査では、30歳代以下(特に18〜29歳)の男性は、夫婦別姓に関する「議論があることを知らない」と回答する割合が比較的高い傾向があります。また、20代男性の中でも約5人に1人は結婚して同姓になることに「憧れない」と回答しています。

賛成派の主な主張

選択的夫婦別姓制度の導入を支持する側からは、以下のような主張がなされています:

個人のアイデンティティに関する主張

  1. 個人の権利とアイデンティティの尊重:姓名は個人のアイデンティティの重要な部分であり、結婚によって強制的に変更されるべきではないとの主張があります。長年使用してきた姓の変更は、個人の社会的アイデンティティに深刻な影響を与える可能性があるという指摘です。
  2. ジェンダー平等の観点:現行制度では約95%のケースで女性が姓を変更しており、これは性別による不平等を助長しているとの指摘があります。男女共同参画社会の実現には、姓の選択における平等も重要だという主張です。

職業上の必要性

  1. キャリアの連続性の確保:研究者や専門職の場合、姓が変わることで業績の連続性が失われ、キャリア形成に支障が生じるという問題があります。特に論文や著作が姓と紐づけられている場合、改姓により過去の業績との関連性が分かりにくくなるという実務上の課題があります。
  2. 実務上の煩雑さの解消:改姓に伴う各種書類(パスポート、免許証、銀行口座、保険など)の変更手続きは大きな負担となります。旧姓と新姓の併用によるミスや誤解も生じやすく、職場で旧姓と戸籍姓を使い分ける必要があることも業務効率を低下させる要因となっています。

その他の主張

  1. 実質的な選択肢の提供:選択的夫婦別姓制度は、夫婦別姓を望む人々にも、同姓を望む人々にも選択肢を与えるだけの制度であり、現行制度は選択肢を制限していると主張されています。
  2. 少子化対策の側面:姓の変更を避けるために法律婚を避ける人々がいるため、選択的夫婦別姓の導入で婚姻数増加の可能性が指摘されています。株式会社トキハナの調査では、20〜30代の98.2%が「選択的夫婦別姓があれば結婚することを決断しやすくなる」と回答しています。
  3. 国際社会との調和:国連女性差別撤廃委員会からの勧告への対応や、諸外国では夫婦別姓が一般的であるという国際的な潮流との調和も主張されています。

反対派の主な主張

選択的夫婦別姓制度の導入に反対する側からは、以下のような主張がなされています:

家族の一体感に関する主張

  1. 家族の一体感の維持:同じ姓を名乗ることで家族としての一体感や結束力が強まるとの主張があります。家族の絆を象徴するものとして、同姓は重要な役割を果たしているとの認識です。
  2. 日本の伝統文化の尊重:夫婦同姓は日本の伝統的な家族観を支える重要な要素であるとの考えがあります。明治以来の夫婦一体となった家族制度を維持すべきとの主張です。

子どもへの影響に関する懸念

  1. 子どもへの混乱:両親の姓が異なることで子どもに混乱や心理的負担を与える可能性があるとの懸念があります。内閣府の世論調査でも「夫婦の名字が異なることについて、子どもに好ましくない影響がある」との意見が一定数あります。
  2. 子どもの姓の選択問題:夫婦別姓の場合、子どもの姓をどちらにするかという新たな課題が生じ、家族内の対立を引き起こす可能性があるとの指摘もあります。きょうだい全員が同じ姓を名乗る必要があるため、家族の分断が生じる可能性への懸念です。

その他の主張

  1. 制度変更の必要性への疑問:現行制度でも旧姓の通称使用は拡大しており、法律上の夫婦別姓まで認める必要はないとの主張があります。旧姓通称使用の法制化により、夫婦別姓の実質的なメリットは確保できるとの考えです。
  2. 社会的・事務的混乱への懸念:夫婦の姓が異なることによる社会的・事務的な混乱が生じる可能性が指摘されています。特に現行の戸籍制度や家族を単位とした各種制度との整合性に問題が生じる可能性があるとの懸念です。

各政党や政治家の立場と主張

賛成派の政党・政治家

  1. 立憲民主党:選択的夫婦別姓制度の導入に積極的で、2025年に民法改正案を衆院に提出しました。両性の平等や多様な生き方を尊重する観点から制度導入を推進しています。
  2. 公明党:「選択的夫婦別姓制度導入推進プロジェクトチーム」を設置し、制度導入を支持しています。斉藤鉄夫代表は、与党が意見を固め、野党との合意形成を図るべきだと主張しています。
  3. 共産党:選択的夫婦別姓制度の早期実現を主張し、立憲民主党の法案に賛同しています。多様性を尊重する社会の実現という観点から制度導入を支持しています。
  4. れいわ新選組:「2024衆院選マニフェスト」で「選択的夫婦別姓を実現する」と掲げています。ジェンダーなどを理由に排除されたり、抑圧されたりする状況を早急に改善する立場です。

慎重派・反対派の政党・政治家

  1. 自民党:党内で意見が分かれており、推進派と慎重派が対立しています。高市早苗議員などは制度導入に反対の立場です。2025年5月時点で、法案の取りまとめを見送る方針を示しています。
  2. 日本維新の会:旧姓使用に法的効力を与える法案の要綱を作成しており、選択的夫婦別姓よりも旧姓通称使用の拡大を主張しています。
  3. 参政党:選択的夫婦別姓制度に明確に反対しています。

中立・独自案の政党

  1. 国民民主党:選択的夫婦別姓制度を導入すべきとしているが、立憲民主党案には乗らず独自案を検討しています。特に子の姓を決めるタイミングなど制度設計の詳細について独自の提案を模索しています。

経済界・法曹界などの立場

  1. 経団連:2025年に選択的夫婦別姓の早期実現を求めるシンポジウムを開催し、女性活躍の観点から制度導入を支持し、「選択肢のある社会の実現」を目指す提言を発表しています。
  2. 日本弁護士連合会:選択的夫婦別姓制度の導入を支持する決議を採択しています。個人の尊厳と平等を保障する観点から制度導入を主張しています。

夫婦の姓に関する国際比較

諸外国の制度と日本の特殊性

世界各国の夫婦の姓に関する制度を比較すると、日本の特殊性が浮かび上がります。法務省によれば、結婚後に夫婦のいずれかの氏を選択しなければならないとする制度を採用している国は、日本だけであるとされています。

アジア諸国の制度

  1. 韓国:絶対的夫婦別姓が原則です。儒教思想の影響で姓は血統を表すものとされ、結婚しても変わりません。2005年の法改正により、子どもに母親の姓を名乗らせることも可能になりました。
  2. 中国:夫婦別姓が原則です。姓は出自を表す意味があり、生涯不変が原則とされています。子どもは原則として父親の姓を名乗りますが、近年は母親の姓も選択可能になっています。
  3. 台湾:夫婦別姓が原則です。中国と同様に姓は個人の出自を表し変更しないという考え方が根底にありますが、現在は夫婦の姓を夫または妻のいずれかにしたり、別姓としたりする選択が可能です。

欧州諸国の制度

  1. ドイツ:1993年から選択的夫婦別姓制度が導入されています。2016年の調査では、73.8%が夫の姓、6.0%が妻の姓、13.0%が夫婦別姓、7.2%がダブルネームを選択しています。1991年の連邦憲法裁判所判決で両性平等の観点から改正されました。
  2. フランス:夫婦別姓が原則です。結婚は姓に法的影響を与えませんが、通称としての使用は認められています。公的書類に本姓と通称を併記することも可能です。
  3. イギリス:法的な規定はなく自由度が高いのが特徴です。約90%の女性が結婚後に夫の姓を名乗りますが、これは法的義務ではなく社会的慣習です。姓は「個人の事情」であり、国は関与せず、改名も簡単にできます。

北米諸国の制度

  1. アメリカ:選択的夫婦別姓制度があり、州によって手続きが異なります。約70%の女性が夫の姓を名乗るという統計があります。自由度は高いが、社会的慣習として夫の姓を名乗るケースが多いという特徴があります。
  2. カナダ:夫婦別姓が原則(特にケベック州)で、複合姓も選択可能です。「ブレンデットファミリーネーム」と呼ばれる両者の姓を混ぜた新しい姓を作ることも可能です。

諸外国における夫婦の姓に関する変遷

多くの国では、過去数十年で夫婦の姓に関する法制度が変化してきました:

  1. ドイツ:1957年まで妻は夫の氏を称するとされていましたが、1976年に婚氏選択制を導入し、1991年の連邦憲法裁判所判決を受けて1993年に選択的夫婦別姓制度が導入されました。
  2. タイ:かつては妻が夫の姓を名乗る義務がありましたが、2003年の憲法裁判所判決により違憲とされ、2005年に法改正が行われました。
  3. フランス:伝統的に夫婦別姓でしたが、通称としての配偶者の姓の使用についての法的整備が進められてきました。

このように、多くの国で20世紀後半から21世紀にかけて、個人のアイデンティティ尊重や男女平等の観点から法制度の見直しが行われてきました。

諸外国の選択率と社会的受容度

法的には選択が自由な国でも、社会的慣習として女性が夫の姓を名乗るケースが多い国もあります:

 ●イギリス: 約90%の女性が結婚後に夫の姓を名乗る

 ●アメリカ: 約70%の女性が夫の姓を名乗る

 ●ドイツ: 約74%のカップルが夫の姓を選択

一方で、特に若年層では複合姓や別姓を選ぶ傾向が徐々に増加しています。イギリスでは18〜34歳の若者の11%が結婚時に姓を複合姓にしているというデータもあります。

これらの国際比較から見えるのは、日本が法的に夫婦同姓を義務付ける唯一の国である特殊性と、他国では法制度と社会的慣習の両面から夫婦の姓に関する選択の自由が広がっているという潮流です。

現在の日本における事実上の夫婦別姓の方法と実務

通称使用の制度と現状

現在の日本では、選択的夫婦別姓制度はないものの、「通称使用」という形で事実上の別姓使用が一定程度認められています。

職場での通称使用

内閣府の調査によれば、通称使用を認めている企業は全体の約49.2%(1,000人以上の企業では74.6%)に上ります。職場での通称使用の範囲は:

 ●名刺、メールアドレス、社内システム、社員証などでの使用が一般的

 ●社内の呼称や座席表、名札などで最も多く使用されています

 ●ただし、源泉徴収票、社会保険関連書類など公的書類は戸籍名を使用する必要があります

通称使用の限界

通称使用には以下のような限界があります:

 ●通称使用は各組織の判断によるため、許可されない場合や限定的な場合もある

 ●公的書類と通称の二重管理による混乱や煩雑さが問題となっている

 ●旧姓でのキャリア継続の理由として「改姓前から付き合いのある仕事関係者に同一人物と認識してもらえるため」が最も多い(72.5%)

公的書類での旧姓併記の手続き

近年、公的書類での旧姓併記が徐々に拡大しています:

住民票・マイナンバーカード

 ●2019年11月5日から旧姓併記が可能になりました

 ●「旧氏記載請求書」を住民登録地の区役所に提出

 ●必要書類:旧姓が記載されている戸籍謄本等(現在の氏が記載されている戸籍に至るまでの全ての戸籍謄本)、マイナンバーカード(持っている場合)

パスポート

2021年4月1日以降の申請から旧姓併記の要件が緩和されました

旧姓併記の手続き:

 ●戸籍謄本、旧姓が記載された住民票の写し、またはマイナンバーカードのいずれかで確認可能

 ●パスポートには「Former surname」との説明書き付きで併記されます

注意点:ICチップには記録されず国際標準外の例外的措置であるため、海外渡航時に説明を求められる場合があります

運転免許証

 ●2002年6月から運転免許証への旧姓の併記が可能に

 ●各都道府県の運転免許センターで手続き可能

 ●必要書類:旧姓が記載されている戸籍謄本等

通称使用以外の方法

事実婚による別姓維持

婚姻届を提出せず、法律上の婚姻関係にはならない形で同居生活を送る「事実婚」(内縁関係)を選択する方法があります。しかし以下のような制約があります:

 ●相続権がない

 ●子どもと父親の関係を戸籍上で証明できない

 ●医療同意ができない

 ●税制上の配偶者控除を受けられない

国際結婚による別姓選択

日本人と外国人の国際結婚の場合は、以下の選択肢があります:

 ●夫婦別姓を選択(外国人には戸籍がないため自然に別姓となる)

 ●外国人配偶者の姓に変更する(婚姻の日から6ヶ月以内に届出)

 ●複合姓を名乗る(家庭裁判所の許可が必要)

通称使用の限界と法的な課題

二重管理の煩雑さ

 ●公的書類と日常使用の通称の使い分けが必要

 ●人事部門や事務部門での二重管理による負担増加

 ●源泉徴収票などの配布時に本人確認が困難になるケース

統一性の欠如

 ●場面によって使用する姓が異なるため、一貫性を欠き混乱を招く

 ●特に税金や社会保険手続き、金融機関取引などでの問題

法的保護の不十分さ

 ●通称はあくまで「通称」であり法的保護が不十分

 ●通称使用の権利が法的に保障されていないため、組織や状況によって認められないケースがある

子どもの姓に関する現行制度と課題

法律婚の場合

 ●子どもは親の戸籍に記載されている氏が子どもの姓となる

 ●基本的に夫婦同姓のため、子どもも同一の姓を名乗ることになる

事実婚の場合

 ●母親の戸籍に入り、母親の姓を名乗る

 ●父親との親子関係を戸籍上で証明するためには、父親による認知が必要

 ●父親の姓を名乗らせるには養子縁組の手続きが必要

国際結婚の場合

 ●日本人親の姓を基本的に子どもは名乗る

 ●日本人配偶者が外国姓、または複合姓に変更している場合は、子どもも外国姓または複合姓となる

 ●日本人配偶者が日本姓のままで、子どもに外国人配偶者の姓を名乗らせるには、子どもが単独戸籍を作ることになる

選択的夫婦別姓が実現した場合の影響と展望

法制審議会の答申内容(1996年)

法制審議会の答申では、民法750条を改正し「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする」とすることが提案されています。夫婦が別姓を選択する場合は、婚姻時に子が称する氏を夫または妻の氏から選択することとしています。

婚姻時の手続きの予測

選択的夫婦別姓制度が実現した場合、婚姻時の手続きは以下のように変わる可能性があります:

 ●婚姻届に「夫婦同姓」または「夫婦別姓」の選択欄が設けられる

 ●別姓を選択する場合、子どもの姓をどちらにするかも婚姻時に決定する

 ●戸籍の編製方法が変更され、別姓夫婦の戸籍の記載方法が整備される

子どもの姓の決定方法

子どもの姓については、以下のような制度設計が考えられています:

 ●婚姻時に、子どもが生まれた場合の姓をあらかじめ決定する方式

 ●兄弟姉妹は同じ姓を名乗ることになる予定

 ●別の案として、子どもが生まれるたびに姓を選択できるようにする案も検討されている

選択的夫婦別姓制度導入によるメリット

選択的夫婦別姓制度が導入された場合、以下のようなメリットが期待されます:

  1. 個人のアイデンティティの継続:職業上の実績やキャリアの連続性が保たれる
  2. 改姓に伴う手続きの負担軽減:証明書類の変更など多数の手続きが不要になる
  3. 二重管理の解消:通称と戸籍姓の二重管理による煩雑さが解消される
  4. 婚姻の選択肢の拡大:姓の変更を避けるために事実婚を選択していた人々が法律婚を選択できるようになる
  5. ジェンダー平等の促進:実質的に女性に偏っている改姓の負担が軽減される

課題と懸念

一方で、制度導入に伴い以下のような課題や懸念も指摘されています:

  1. 子どもの姓の決定:夫婦別姓の場合の子どもの姓をどのように決定するか
  2. 兄弟姉妹間の姓の統一:子どもが複数いる場合の姓の統一性をどう確保するか
  3. 戸籍制度との整合性:現行の戸籍制度をどのように改正するか
  4. 社会的認知:家族として認識されにくいなどの社会的課題への対応

今後の見通し

選択的夫婦別姓制度の導入については、世論調査でも支持が広がり、経済界からも導入を求める声が高まっています。また、若年層や都市部を中心に支持が強く、社会の変化とともに導入への機運が高まることが予想されます。

しかし、実現のためには与党内での合意形成が不可欠であり、特に自民党内では意見が分かれています。2025年5月時点では、自民党が法案の取りまとめを見送る方針を示しており、今国会での成立は不透明な状況です。

最高裁判所が指摘するように、夫婦の氏の在り方は最終的に国会で判断されるべき事柄であり、多様な価値観を持つ国民の理解を得つつ、個人の尊厳と両性の平等に立脚した制度設計が求められています。

夫婦別姓に関するQ&A(18-30代男性向け)

Q1: 選択的夫婦別姓制度とは具体的にどのような制度ですか?

A: 選択的夫婦別姓制度とは、結婚する際に夫婦が同じ姓を名乗るか、それぞれの婚姻前の姓を維持するかを選択できる制度です。現行制度では夫婦は必ず同じ姓を名乗らなければなりませんが、選択的夫婦別姓制度が導入されれば、希望するカップルは別姓を選べるようになります。同姓を希望するカップルは従来通り同姓を選択できます。つまり、「選択肢」が増えるだけの制度です。

Q2: もし僕が結婚して、妻が旧姓のまま仕事をしたいと言ったらどうすればいいですか?

A: 現行制度では、法律上は同姓にする必要がありますが、職場での「通称使用」として旧姓を使うことができます。約半数の企業が通称使用を認めており、特に大企業では74.6%が認めています。ただし、源泉徴収票や社会保険関係など公的書類では戸籍姓を使う必要があり、二重管理になります。選択的夫婦別姓制度が導入されれば、法律上も別姓のままでいられるため、このような煩雑さは解消されます。

Q3: 夫婦別姓の場合、子どもの姓はどうなるのですか?

A: 法制審議会の答申案では、夫婦が別姓を選択する場合、婚姻時に子どもが称する姓を夫または妻のいずれかの姓から選択することになっています。そして兄弟姉妹全員がその選択した姓を名乗ることになります。別の案として、子どもが生まれるたびに姓を選択できるという案も検討されていますが、兄弟姉妹で姓が異なると混乱するとの指摘もあります。

Q4: 夫婦別姓に反対する人たちの主な理由は何ですか?

A: 反対派の主な主張としては、①家族の一体感や絆が損なわれるのではないかという懸念、②子どもが両親と姓が異なる場合の混乱や心理的影響への心配、③日本の伝統的な家族観を変えるべきではないという考え、④戸籍制度など現行の制度との整合性の問題、などが挙げられています。しかし、選択的夫婦別姓制度は強制ではなく、希望する人だけが選択できる制度であるため、これらの懸念は当てはまらないケースも多いとの指摘もあります。

Q5: 国際結婚の場合、現在の日本では姓はどうなりますか?

A: 国際結婚の場合、外国人には日本の戸籍がないため、自然に「夫婦別姓」となります。日本人配偶者は、希望すれば婚姻から6か月以内に家庭裁判所の許可なしで外国人配偶者の姓に変更することも可能です。また、家庭裁判所の許可があれば、日本人配偶者が「複合姓」(両方の姓を組み合わせた姓)を名乗ることも可能です。国際結婚では、日本人でも実質的に姓の選択肢があるという点が国内婚との大きな違いです。

Q6: 選択的夫婦別姓制度が導入されると、既に結婚している夫婦はどうなりますか?

A: 法改正の内容次第ですが、経過措置として既婚者も別姓に変更できる可能性があります。1996年の法制審議会の答申では具体的な言及はありませんでしたが、制度導入時に既婚者への対応も検討されるでしょう。なお、離婚・再婚しなくても、家庭裁判所で「改姓」の申立てをする方法もありますが、現行制度では「やむを得ない事由」が必要で、単に「夫婦別姓にしたい」という理由では認められていません。

Q7: 夫婦別姓に関する世代や性別による意識の違いはありますか?

A: 世論調査によると、若い世代ほど選択的夫婦別姓への賛成率が高い傾向があります。60代以下の世代は70%以上が賛成である一方、70代以上では賛成が48%と世代間格差が見られます。また、女性の方が男性よりも賛成率が高い傾向があります(女性は60.3%、男性は49.0%)。18-30代男性については、「議論があることを知らない」と回答する割合が比較的高い傾向があり、また20代男性の約5人に1人は結婚して同姓になることに「憧れない」と回答しています。

Q8: 夫婦別姓を実現するための現実的な方法は現在あるのですか?

A: 現在、完全な夫婦別姓を実現する方法としては、①事実婚(内縁関係)を選択する、②国際結婚をする、という2つの主な方法があります。ただし、事実婚では相続権がない、子どもの父親欄が空欄になるなどのデメリットがあります。また、職場などでは「通称使用」として旧姓を使う方法もありますが、あくまで通称であり、法的には同姓であることに変わりはありません。

Q9: 経済界は夫婦別姓についてどのような立場なのですか?

A: 経団連(日本経済団体連合会)は2025年に選択的夫婦別姓の早期実現を求めるシンポジウムを開催し、制度導入を支持する提言を発表しています。経済界からは、旧姓通称使用による社会的・経済的コストや女性の活躍推進の観点から制度改革を求める声が強まっています。特に、企業が二重管理に伴うコストや手続きの煩雑さを懸念していることが背景にあります。

Q10: 政治的には今後どう動きそうですか?

A: 2025年5月時点では、自民党が法案の取りまとめを見送る方針を示しており、今国会での成立は不透明です。ただし、世論の支持拡大や経済界の後押しにより、中長期的には制度導入の可能性が高まっています。立憲民主党、公明党、共産党、れいわ新選組などが賛成の立場であり、野党からは法案が提出されています。自民党内でも賛否が分かれており、今後の政治状況や世論の動向によって変化する可能性があります。

まとめ:多様な選択肢がある社会へ

夫婦別姓をめぐる議論は、単に「姓をどうするか」という表面的な問題ではなく、個人のアイデンティティ、家族のあり方、ジェンダー平等、日本の伝統文化など、多様な価値観が交錯する複雑な問題です。

明治時代に導入された夫婦同姓制度は、それ以前の日本では夫婦別姓が一般的だったという歴史的事実を踏まえると、必ずしも「日本の伝統」とは言い切れません。また、日本は世界で唯一夫婦同姓を法的に義務付けている国であり、国際的にも特異な立場にあります。

選択的夫婦別姓制度の導入は、「夫婦同姓を禁止する」ものではなく、「夫婦別姓も選べるようにする」ものです。つまり、選択肢を増やすことで、多様な価値観や生き方を認め合う社会への一歩となる可能性があります。

若い世代や女性を中心に支持が広がっており、経済界からも導入を求める声が高まっています。一方で、家族の一体感や子どもへの影響を懸念する声もあります。

最終的には、国会での議論と判断に委ねられますが、この問題に関心を持ち、自分自身の価値観を形成していくことが、これからの社会を担う若い世代には求められているでしょう。18-30代の男性として、結婚や家族のあり方を考える際に、この夫婦別姓の問題も視野に入れておくことは、パートナーとの対話や将来設計において重要な視点となるかもしれません。